財政破綻論と「やむにやまれぬ大和魂」の典拠とその真意

財務事務次官(事務トップ)の発言

矢野康治(2021年当時の財務事務次官)は

「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない、ここで言うべきことを言わねば卑怯でさえあると思います。」

 

「数十兆円もの大規模な経済対策が謳われ、一方では、財政収支黒字化の凍結が訴えられ、さらには消費税率の引き下げまでが提案されている。

 

「まるで国庫には、無尽蔵にお金があるかのような話ばかりが聞こえてきます」

 

文藝春秋編集部「『このままでは国家財政は破綻する』矢野康治財務事務次官が“バラマキ政策”を徹底批判」(2021/10/08)(文藝春秋 2021年11月号)

「このままでは国家財政は破綻する」矢野康治財務事務次官が“バラマキ政策”を徹底批判 | 文春オンライン
「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない、ここで言うべきことを言わねば卑怯でさえあると思います。 数十兆円もの大規模な経済対策が謳わ…

 

と、月刊雑誌に寄稿。

中野剛志の反論

これに対し評論家の中野剛志は 「日本の「財政再建」を妨げているのは、矢野財務次官である」で反論。

日本の「財政再建」を妨げているのは、矢野財務次官である
矢野康治・財務事務次官の「バラマキ批判」論文に、多くの大手メディア、財界人、経済学者が同調している。その論調は、まるで政治家たちが、有権者の票を目当てに財政出動を約束し、国家財政を危うくしているかのような印象を与えている。しかし、実は、アメリカの有力な主流派経済学者たちの政策論は、矢野次官らが「バラマキ合戦」と嘆いた政...

『楽しく読むだけでアタマがキレッキレになる 奇跡の経済教室【大論争編】』(ベストセラーズ、2022年)

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という本まで書いた。

ふとした疑問:「やむにやまれぬやまとだましい」とは?

賛否両論あるザイセイハタン論であるが、当時の財務省事務トップが寄稿文の冒頭で引用した「やむにやまれぬ大和魂」に関して気になった。

 

ざっとネット、本、論文で出てくるかと思いきや、この出典がなかなか出てこない。

『吉田松陰全集2巻』にある情報を取得。

ただ、大学図書館は他大学に行かないとなさそう。

そこで、自治体の図書館で検索すると、市内の図書館にあるので、取り寄せ。

ありました。

 

安政元(西暦1854)年4月24日 吉田松陰の兄、梅太郎への手紙、獄中で

赤穂四十七士が眠る泉岳寺の前を通り作った歌

「かくすればかくなるものとしりながら、やむにやまれぬやまとだましひ」蓋し武士の道はここに在り、願はくは私愛の爲めに大義に惑はるることなくんば幸甚なり。

『吉田松陰全集 第2巻』(山口県教育会、1973, 2012, 2015年)p.86

 

まずは松陰は、赤穂浪士が主君の名誉のために仇討ちを行ったことを成功と認め、自分の出国は失敗したことを嘆いています。

 

大和魂を比較:死を賭しててでも取り戻す名誉、それとも…

赤穂浪士が行ったのは、自分の主君の名誉の為です。

また、自分の命をかけてでもその名誉をはらすために行った行為です。

実際、切腹を命じられています。

 

松陰はこれを思い、難しいと思ったことでもやってみることが日本男児の行うことで、これぞ武士道(武士の道)である、と歌を使ったのです。

 

矢野氏は、自分とは意見の異なる政治家の選挙前の言動を聞いていて「やむになまれぬまやまと魂」を引用します。

「言うべきことを言わねば卑怯でさえある。」といいます。

いやそうでしょうか。

 

赤穂浪士は、死を覚悟し、実際に闇討ちに行きました。

吉田松陰は、国を憂いて、実際にアメリカの船に乗り込もうとしました。

しかし、矢野のやることは月刊雑誌への寄稿です。

 

大和魂のレベルが異なるのでは?

確かに前例のないことは勇気のいることでしょう。

ただ、言うべきことを言う、のがやまとだましいでしょうか。

そこまで言うなら、死を覚悟して、までとは言いませんが、少なくとも選挙前に「ザイセイハタンします」と言い、立候補することではないでしょうか。

 

総理大臣の言うこともコロコロ変わる。

おそらく誰かに言われていることを、できるだけ辻妻を合わせるようにやっているのでしょう。

 

様々な意見があることはいいことですが、事務次官の行動が疑問で、ずっともやもやしていたので、吉田松陰の歌の典拠を調べた、という経緯です。

 

責任ある立場にいるのであれば、引用する際は、その原典の意味を読み解いてから使う方がよい、と言うことがわかりますね。

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